わたし自身を商品にしないこと
2019年秋から小説を勉強し始めた。四苦八苦しながら、もう無理とたびたび泣きながら、3年目に突入した。思っていた以上に歩みは鈍い。でも、それでいいと思う。
自分自身を商品にしない。自分の技能を極めに極めた結果、知らん間に商品になっていた(自分の技能に高い貨幣価値が付くようになっていた)…とかなら別にいいけど、積極的に急いで商品になろうとしたりしない。絶対にしない。
世の中には「上手に商品になる方法」が出回っている。インターネットとか、電車の中とか、書店とか。酷い時は、上司とか先生から言われたりするよね。ついついそれに乗せられてしまいそうになるけど、そんなの別にいいから。そんなの人に値段をつけて売買したい人間の策略、勝手な言い分だから。乗ったりしない。
でも、そう考えられるようになるまで、わたし自身、すごく長い時間がかかった。
街を見渡す。一度、男性から性的に加害される経験をしたり、知ってしまったりすると、日本の都市は、都市自体が巨大な売春あっせん所に見える。そうでなくても。お前の体にはタイムリミットがあって早く商品にならないと売り物にならなくなってゴミ箱行きだよ、という男の声のメッセージが広告や看板にひそんでいる。ううん、ていうか、モロに映し出されている。
脅迫都市。
そんな街で、10代の後半を、庇護してくれる親から離れて過ごしたことはすごく不幸だった。わたしはわたし自身を「商品」だと思い込んでしまった。
そこからどうやって自分自身のことを、「人間」だと思えるようになったのだっけ? あんまりおぼえていない。回復のプロセスを広げて見せて、大丈夫あなたも立ち直れる!って書くことは、それもまたわたし自身の商品化だ。
でも、とりあえず、2021年に創作した『リアの跡地』と『おいてきぼりの桜の園』のおかげだと言うことはわかる。演劇を創ることが、わたしをつなぎとめてくれている。家族も犬も恋人も友達も、生きてる者はできないことを、演劇だけはしてくれる。
わたしを生かしてくれる。
わたしは演劇に報いたい。そのために小説やエッセイ、評論のような説明文(小学生みたいな言い方)を使いたい。少し失礼かな。もしも、そんな風に演劇を「使いたい」って言ってる人がいたら、わたしは怒っちゃうかな。どうなんだろう。でも、執筆のモチベーションはそんな感じだ。だから、商品になろうって急がなくていいんだ。
わたしが商品から遠ざかることで、商品から一番遠いところで生まれた作品で。それを見たり読んだりして「あたし、商品になれないけどもう少し生きてていいかな」と思う人がきっといるはずだから。
でも、その人たちの命が尽きる前に、わたしの作品が間に合ってほしいとは思う。だからあんまりのんびりしすぎはよくないよ、自分。
2022.03.22
旧居留地の木蓮が一斉に咲く。それが神戸の春の合図である。
よしもとみおり
追記①
代理出産が合法化される可能性が高いと聞いて、目の前が真っ暗になってしまった。どれだけ女の内臓を売買すれば気が済むんだろう?人身売買だという自覚はあるんだろうか。
追記②
劇団TremendousCircusさんにて、9月末に完全新作演劇『女の子は死なない』を発表します。詳細日程は2022年9月28日(木)~10月1日(日) 。阿佐ヶ谷シアターシャインにて。つきましてはオーディションを開催いたしますので、ご応募お待ちしております。楽しい時間を一緒に過ごせますように。2022年3月27日(月)〆切です。
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