【連載】飲み物大好きよしもとさん/プロローグ「飲み物大好きと気づくまで」
題字:よしもとみおり(ジャガーさん世代は一度やってみたい表記)
シャバに出て、見えた景色
こんにちは、劇作家の葭本未織です。
こう名乗るのも久しぶりです。
皆さん、お元気でしたか?
この数年色々なことがありましたね。
わたしはと言えば演劇をやめて、芸能もやめて、生まれて初めてシャバと形容してもよい世界に出て、本当に楽しい生活を送らせていただきました。
そのシャバは皆さんにとっては当たり前で、さして感動するようなものじゃないのかもしれないのですが(おそらく、きっと、そう)わたしにとっては歩く道すべてがケガをしないように舗装されているようなもので、なんて安全なんだと感動するとともに、その道を少し逸れた先にわたしが今までいた場所があったんだ、それは今でも無くなってはいなくて、ぽっかりと口を開けて待っているんだ…ということを時々、思い出したりする日々です。
だから、わたしは元気です。……と書きたいけど、元気じゃないときもあります。
それがどういうときかって言うと、文章が思ったように書けないときなんです。
書けないことが、悲しい
このことに気が付いたとき、わたしって人間はやっぱり文章を書くことがとても好きなんだなあ…と認識しました。
自己の認識を改める、つまり、自分のことを知れた時、わたしは嬉しくなります。
だって自分の輪郭がよくわかるということだから。
それってひるがえって他人の輪郭のこともよくわかるということのような気がする。
知っている人も多いかもしれないけど、わたしはよく誤解されます。
「直接会ったらこんな人だったんだ~!」と驚かれることもあるし、しばらく一緒に過ごして「こんな人だとは思ってなかった!」と怒られることもあります。
でもそれはわたしが私のことをよく知らなくて、本当の自分と違う打ち出し方をしてしまったからなのかもな、と思ったりもするんです。
誤解されやすいわたしのことを、他の人に知ってもらうことも、もしかしたら嬉しいのかもしれないと最近、思い始めました。
それで、また自己紹介のような形で文章を定期的に書いてみようと思うようになりました。
「私小説文体」に吞まれたくない
でも、またすぐに壁にぶつかってしまいました。
それは、『わたしのことを皆さんに知ってもらいたいけど、自分のことを書こうとするといつも紋切型の私小説文体になってしまう』という壁です。
つまり肉体の痛みとかそれを引き起こした出来事だとか、もうその出来事からは遠く離れているにもかかわらず再演しようとしてしまう私の脳や、それにコントロールされた身体と精神だとか……。
そういうものが勝手に文章になってしまう。
例えばこんな風に。
文章を書いていると、頭の中で、ある道が浮かんできます。
その道はどこにもない道です。
私には二人の主治医がいるのですが(神戸の主治医と、東京の主治医)それぞれの病院の間には500キロ以上の距離があり、けれど文章を書いていると、私の頭の中では二つの病院への道が溶け合って、どこにも存在しない景色を作り出すのです。
どこにもないの景色の中で、わたしは病院に向かっている。どこでもない最寄りの駅で降りる。
一番近い出口をでる。でも、なぜか目的の場所へはたどりつけない。途方に暮れているわたしは目的地が病院だという認識もない。ただ、迷ってる。
強い6月の日差しが生んだ蜃気楼に景色が歪んで、いつのまにか北の丸公園にいる。北の丸公園のお堀を九段会館のデッキからのぞき込んでいる。九段会館のデッキとお堀の水面までは3メーターはある。お堀にはたくさんのハスの花が、お互いに光合成する可能性を取り合うように、水面を埋め尽くす形で咲いている。私はデッキの手すりに手をかけて、見えない水面を見つめている。ハスの花が、だんだん実物よりも大きくなる。私を飲み込もうとしてくる。 ――いや、もしかすると。と、我に返る。いつのまにか、お堀に、私のほうが身を乗り出している。
わたしが文章を書こうとするとき、わたしの手は、こんな感じの、自殺志願者あわや自殺(なんとか回避)の瞬間の景色ばかりを描写してしまう。
あえて母語の関西弁で書くけど
そういう表現って、しんどいねん。だって紋切型やん。
みんな人の生き死にが読みたいんよ。文字って身体性ないからな、身体の危機を書いてようやく、無い身体性の欠片が読者に届くねん。
あと、自殺志願者の作者な。いつ死ぬかわからんやつの文章って今読まなきゃってタイムリミット課せられてるみたいで可処分時間の過ごし方としても優先順位あがりやすい。
だからこういう文章って書いたらすぐ評価される。
でもそれってヒキがあるだけで、どれだけうまく書いても上手いだけで、オリジナリティはないねん。
だれが書いてもそれなりに読める手癖の表現で、文章書いても、嬉しくないし、楽しくないねん。
どんどん書くことが嫌いになるねん。書いてる自分も嫌いになる。
これじゃあかんなと思ってもなかなか抜け出せへんでいる季節を5回ぐらい過ごしてた。
「好きなもの」に、ようやく出会った日
それが去年の秋だったかな、友達に「みおりさんって飲み物が好きなんじゃない?」って言われたことがありました。
わたしはずっと人に「好きなものって何ですか?」と聞かれても、「寝ること以外特にないなあ…」と思っていました。
好きなものも推しもいない自分の感受性の乏しさに恥ずかしくなったりして、その質問自体がいやになっちゃってました。
でも、コンビニで飲み物をいくつも買って喜び、できることなら飲食店でも複数品の飲み物が頼みたい…と悩んでいるわたしを見た友達に「飲み物が好きなんじゃない?」と言われて、本当だ!と気が付きました。
「わたしの好きなもの、飲み物だったんや~!」
「わたし、飲み物が好きだったんや~!」
「わたし、【飲み物大好きよしもとさん】やったんや~!」
このエウレカについては、たっぷり時間をとって書きたいので、今回、この日の感動について語るのはここまでにしておきます。でも、何を言いたかったかというと、
好きなものから、書きはじめよう
わたしは書くということ、再び始めてみようと思ったということです。
そして書くということを再開するにあたって、今回は「わたしの好きなものから始めてみよう!」と思ったということです。
痛みや悲しみからではない文章を書いてみたい。
無意識で、楽しい文章を書けるようになりたい。
こんな楽しい文章、手癖でイヤ!と言えるぐらいに。
ひとまずわたしはこの夏・自由研究的に、「わたしの好きな飲み物」を紹介していきたいと思っています。
ということで次回からいよいよ本題です!ご紹介するのはアサイーボウルです!アサイーボウルは飲み物なのか?!と言われるかもしれませんが、アサイーにはコマーシャル的に言語化できるはっきりとした味は無く、シャーベットという形状から口に入れた瞬間に溶けるので、私の中では「飲み物」ということになっています。
飲み物を紹介する!と決めてから、これまで以上に楽しく飲み物を買えるようになりました。
今日も元気に、飲み物を探しています。
ここまで読んでくれて、本当にありがとう。
また、飲みにきてね。
⬛︎ 葭本未織(よしもと・みおり)
1993年生まれ。兵庫県芦屋市出身。劇作家。
2022年、下町の佃煮屋の跡目争いをシェイクスピア「リア王」になぞらえた戯曲『リアの跡地』で北海道戯曲賞大賞を受賞。
夢は「あまから手帳」と「翼の王国」に、飲み物の連載を持つこと。
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